日本神話に「富士山」がほとんど登場しない理由
はじめに
タケル「ねえ先生、なんだけどさ、富士山って日本で一番有名な山だろ?でもさ、神話の話になるとあんまり出てこない気がするんだよね。なんでだろう?ずっと疑問だったんだけど、教えてくれない?」
ミコ「わたしもそれ思ってた!富士山って神聖な場所って聞くけど、日本神話の昔話にはあんまり出てこないよね。もっと出てきてもよさそうなのに。もしかして神話の中で何か特別な役割がないのかな?」
久遠先生「いい質問ね。富士山は日本を象徴する山のひとつだけれど、日本神話の主要な物語の中では、確かにあまり登場しないの。今日はその理由を一緒に考えてみましょうか。」
日本神話の舞台と地域性の違い
久遠先生「まず、日本神話の多くは『古事記』や『日本書紀』という古い書物にまとめられているのだけれど、その物語の舞台は主に紀伊半島周辺や出雲地方、そして大和地方が中心なの。つまり、物語が生まれた時代や地域が富士山のある関東からは離れているのね。」
タケル「なるほど、神話の話ってその地域の人たちが語り継いできたものだから、近くの自然や場所が出やすいんだな。」
ミコ「そうかあ、だから富士山はあんまり関係なかったってこと?でも、富士山はずっと昔から存在してたんでしょ?なんで神話の場所にならなかったんだろう?」
久遠先生「その通り。富士山はずっと昔からそこにあるけれど、日本神話の成立した時期には、富士山の周辺はまだあまり大きな文化圏になっていなかったかもしれないの。つまり、神話が語られた場所の人々にとっては富士山は遠くて、あまり特別な存在ではなかった可能性があるのよ。」
富士山と神話の時代背景
ミコ「神話っていつの時代の話なの?」
久遠先生「日本に神話ができたのは千年以上も前の話で、具体的な年代はわからないけれど、古代の日本列島で自然や社会が形成されていたころのことを描いているわ。ちなみに、富士山が現在のような形になったのは比較的最近の話なんだけど、とは言うものの、約一万年前の氷河期が終わってから火山活動が活発になって何度も噴火を繰り返して、今の富士山の形になったのは数千年前と言われているの。」
タケル「つまり、神話の話ができたころには、富士山はまだ今みたいに大きくて有名な山じゃなかったのか?」
久遠先生「そうかもしれないわね。火山としての活動や高さが安定して今の形になったのは、神話の成立時期と重ならないのかもしれないの。」
富士山が信仰の対象になったのは後の時代
ミコ「でも富士山は神聖な山として今も有名だよね。どうして?」
久遠先生「富士山が特別な山として信仰されるようになったのは、奈良時代以降、特に平安時代に入ってからだと言われているの。たとえば、富士山の山頂には浅間神社という火の神を祀る神社があり、古くから山岳信仰の対象になっているのよ。」
タケル「山岳信仰って何?」
久遠先生「山岳信仰は山を神聖な場所とみなして、山自体や山の神を崇拝する信仰のこと。日本には昔から山を神様が住む場所と考える文化があって、富士山もそうした山の一つとして信仰されるようになったの。」
ミコ「そっか、だから神話の物語の中に富士山はあまり出てこなくても、あとから信仰の対象になったんだね。」
日本神話に登場する山々の役割
タケル「神話の中に出てくる山はどんな山?」
久遠先生「日本神話に登場する山は『高天原(たかまがはら)』という天上の世界や、『出雲(いずも)』の国、また『大和(やまと)』の地の山が多いわ。これらは神話の舞台であり、神々が住んだり活動したりした場所として描かれている。」
ミコ「そういえば、天照大神が隠れた天岩戸(あまのいわと)とか、須佐之男命が関係した山とかはよく聞くよね。」
久遠先生「その通り。これらの山は神話の中で神々のドラマや出来事の舞台になっているけれど、富士山はそのような神話的な舞台設定にはなっていないわ。」
富士山が神話にあまり出てこないもう一つの理由
ミコ「他に理由はあるの?」
久遠先生「そうね、もう一つの大きな理由は富士山は噴火の歴史があって、古代の人々にとっては恐ろしい存在だったからかもしれないの。」
タケル「え、富士山ってそんなに怖い山だったんだ?」
久遠先生「そうよ。火山活動は災害をもたらすから、富士山は単に神聖な山というだけでなく、畏怖(いふ)の対象でもあったわ。神話の中では、神々の優しさや力強さを示す山が舞台になることが多いけれど、火山の怖さはまた違った感情を引き起こすことになるの。」
ミコ「つまり、神話の物語の中に入れにくかったってこと?」
久遠先生「そうかもしれないわね。富士山は後の時代になって山岳信仰や修験道などの宗教的な文化と結びつくにつれて、現代のように尊ばれる存在に変わっていったのね。」
富士山と民間伝承の世界
タケル「じゃあ、富士山は神話じゃなくて民話とか伝説に多いの?」
久遠先生「その通り。富士山にまつわる民間伝承や昔話は多くて、例えば、かぐや姫の物語である『竹取物語』の舞台は竹取の翁の話で、直接富士山とは関係ないけれど、富士山周辺には多くの伝説があるわ。」
ミコ「それって神話よりももっと身近で地域の人が語り継ぐ話ってこと?」
久遠先生「そう。神話は国家や民族の根本的な物語であるのに対して、民間伝承は地域や集落に根ざした話だから、富士山はそちらの世界で大きな役割を持っているのよ。」
現代における富士山の存在感
タケル「それじゃあ、今では富士山って日本の象徴みたいに言われるけど、それってどれぐらい昔からのことなんだろ?」
久遠先生「富士山が国の象徴として強く認識されるのは、江戸時代以降、特に浮世絵や文学、そして明治以降の国民意識の中でだと思うわ。観光や登山が盛んになってからは、富士山は日本の自然美の象徴としてさらに注目されるようになった。」
ミコ「だから神話にはあんまり出てこないけど、歴史の中で存在感がどんどん大きくなったんだね。」
久遠先生「そうね。だから神話の物語としては目立たなくても、日本の文化や信仰、自然観の中で富士山は特別な場所になったのよ。」
まとめ
タケル「つまり、富士山が神話にほとんど登場しない理由は、神話の成立地域や時代と富士山の自然の姿や文化圏が合わなかったこと、そして火山としての恐ろしさも関係しているんだな。」
ミコ「でも、そのあとに信仰や伝説の中で特別な山になって、日本の象徴になったんだね。神話と民間伝承や歴史は違うんだってよくわかったよ。」
久遠先生「そういうことね。神話は日本人の精神や価値観の根幹を描く物語だけど、富士山はその後の歴史の中で深く人々の心に根付いていくことで自然と日本にふたつとない、まさに『不二の存在』になっていったのね。だからこそ、神話の世界とはまた違った形で尊ばれているのよ。」
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